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Posted by みやchan運営事務局 at

2007年07月30日

うな玉丼

今日は土用の丑の日
皆さんうなぎは食べましたか?


一応この日の為に、3回にわたりお勧めの『鰻屋』をご紹介した私です。
入船
とろろや
人形町 梅田


もちろん頂きましたv(^ー^* )フフ♪

ただ…本当だったら、夕飯に鰻屋さんに行って食べたいところでしたが、
パパが夕方から出張で、夕飯は私一人。


仕方がないからお昼に、スーパーで買った鰻にちょっとだけ手を加えて頂きました( ̄▽ ̄) ニヤ


『うな玉丼』





鰻にご飯だけではやはり駄目。
お野菜も一緒に美味しく頂かないと!!これ私のモットー(o^-')b グッ!

最初から『うな』と『玉』を混ぜてもいいですが、
鰻だけでも食べれて、たまごだけでも食べれて、全部を混ぜても食べれる♪
一度で何度も美味しいから今日は分けて盛り付けました。


久々に(ほぼ一年ぶり?)食卓に上がったうなぎにパパちゃんはちょっと興奮。

『美味しいね~~(≧∇≦)キャー♪』

と、ご機嫌でした。
これで体力つけて、出張を乗り切っておくれ*≧▼)┛


うな玉丼のレシピは続きで

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Posted by miki at 22:50Comments(6)我が家の食卓

2007年07月30日

母の教え

一般的に、飼い犬は飼い主に似るって言いますよね?


我が家で飼っている愛犬モコ:トイプードル♀3歳シルバー

は、私が3年半前に、地元に帰った時に地元のペットショップで買ったんです。
買うと決めて、銀行行ってお金下ろして、私が買ったんです。
翌日には東京に連れ帰り、母一人子一人で(途中弟も一緒でしたが)暮らしていた列記とした私の飼い犬のはずなんです。

そして、間違いなく私が飼い主のはず。

なのにクリクリお目目のモコの顔は母に似ている。
後ろ足の長いモコの体型は背の高いパパに似ている。



母です…。この写真はモコが嫌がってるので解り難いですが…タレ目とブタッ鼻がそっくりです。



そう、そんな飼い主でもないのにモコに似ている(モコが似ている?)私の母。マコちゃん。
彼女がまさに林住期を謳歌するスーパー母ちゃん。



昨日、夜食事の支度をしていると母から電話が。
この週末、学生時代の友人と連れ立って軽井沢に行っていた彼女。
その報告だったのですが、


行く前は、ハイシーズンの軽井沢になってしまった、断れなかったから…(# ̄З ̄) ブツブツ 

なんて、言っていたのに。


『もう、涼しくて最高だったぁ~(≧∇≦)キャー♪』

と、声を弾ませ自慢する。


学生時代の友達なので当然、おばちゃん!それも3人組。
3人で軽井沢の街を自転車で巡ったらしい。

『大きな別荘があってね、原宿っぽい通りもあってね。』


弾んだ声で話は続く。


それにしても、団塊の世代。
日本の女性はしなやかで元気だ。

来年には還暦を迎えようとしている彼女達。
体には多少のガタが来ているようでも、本当に軽やかに、自由に、今を楽しんでいる。
まるで、少女に戻ったかのように。


いや…。少女に戻ったわけではない。
これからの母を含め、彼女達には孫がいて、そう言う楽しみもちゃんと持っている。
少女では味わえない楽しみを。


母は、バカが付くほど真っ直ぐな人で、思い込んだら一直線な人。
幼い頃、お散歩コースに建てられた白い建物。
それを見て『これなあに?』と聞いた私に

『ここは保育園って言ってね、mikiちゃんくらいの小さな子供がみんなで一緒に遊ぶ所なんだよ』

と、答えた母。

当然私の答えは『mikiちゃんも今度行く~~。』と、なり。それを聞いた母は何が何でも私をその保育園に入れなければと思い込んだらしい。
結果、とてもいい保育園だったので正解だったのだが、3歳児の無責任な言葉一つで物事を決めた母。


当時専業主婦だった母は保育園というシステム上、そして色んな縁があって福祉の仕事に就くようになり、現在まで約30年弱その職に従事する事になる。


今でこそ、ポピュラーになった福祉だけれど、当時はさほど陽の当たる職業ではなく、まして夜勤などがある業務日程。本人は志高く、そして誇りに思って働いていたけれど、きっとその事を良く言わない人もいただろうと、想像が付く。


でも、不思議な事に、夜勤もあって家に帰っても母親のいないことが日常でかぎっ子だった私と弟だけど、母が子育てに手を抜いたと言う感覚がない。


とてもハードな仕事をこなしながらも母の一番は子供であり夫であり家庭だった。
そこらの専業主婦より家庭が一番!な人だった。

他人がどう思おうと、二人の子供が、母の子育てに手抜きは無かったと答えるならそれは間違いない事で、それは並大抵の事ではない気がするのだけれど、母には苦ではなかったかのように思える。


たった3歳の娘が発した言葉から始る苦労なのだけれど。


そんな母が今輝く毎日を送っているのを見ると、老いとは…。老いるとは…。
とても楽しみな事のような気がしてくる。

子育てを終え、職場では定年を向かえ、まさにこれからの人生の黄金期がそこにある気がする。
子供の頃、二十歳と言う響きに憧れた。
青春と言う時代に憧れた。


人生でもっとも美しく、輝かしい時代がそこにあると信じていた。
29歳、30歳になる事に恐怖を覚えた。
人生が終わりを告げるようで怖かった。

何も平穏な人生だったわけではない。
地獄のような日々を過ごした事も、枯れるまで涙を流した事も知っている。
そうやって色んな事を乗り越え、今還暦を目前としている母が眩しいくらいに輝いているから、


二十歳も青春も、人生でもっとも輝く時代ではないのではないかと。
それはまだこれからなんだと、納得させられる。


これから20年。どう、生きるかでその後の自分がどう輝けるかが決まるだろう。
でも、老いる事がけしてネガティブでない事を知っている私は、そこに向かって希望を持てることが出来る。


母が私に教えてくれるように、私もいつか子供にその事を教える事が出来るように。
憧れの人の遺伝子を受け継ぎ人生を謳歌できる人間になりたい。  


Posted by miki at 18:53Comments(6)Mother’s